言の葉#4 『ナラタージュ』島本理生

読了後の言の葉

あらすじ

お願いだから私を壊して、帰れないところまで連れていって見捨てて、あなたにはそうする義務がある。大学2年の春、母校の演劇部の顧問で、思いを寄せていた葉山先生から電話がかかってきた。泉はときめきと共に、卒業前のある出来事を思い出す。 後輩の舞台に客演を頼まれた彼女は先生への思いを再認識する。 そして、彼の中にも消せない炎が紛れもなくあることを知った。

感想

 お互いが過去に縛られている状態で、目の前のことに必死にならないように、押さえ込んで、押さえ込んで。こうなるくらいなら、こうなる前に、貴方を知る前に戻りたい。そう思ってしまうくらい愛の形を浮かばせてくれるような描写で非常によかった。

もうこの歳になると、歳を老いているという実感よりも、社会人としての年数が上がっているという認識の方が強くなる。自分が何歳だとかよりも、何年目っていう認識だけが歩いていく。その現実は、なんだか寂しくて、誰もいない暗闇の中で、心細く灯る炎に息を吹きかける。大人になるってこういうことなんだ。子どもたちに、そうやって説明したら、ずっと子どものままがいいって思ってくれるだろうか。

どうして本を読んでいるのかと読書が趣味だというとよく聞かれる。その理由をうまく、説明できずにいた。それは、まだまだ、私にそれを表現する語彙がなかったわけでも、表現力がなかったわけでも、ない。

ただただ、出会えてなかったのだ。曖昧なことをびしっと言い当ててくれる本という簡単で奥行きのある表現に。料理と同じなんだ。あの時食べたおいしいという感情をもう一度体感したい。

それを凌駕したいと思うように、あの時のストーリーを超える本に、あの時の言葉を超える本に、出会いたいだけなのかもしれない。その時の私自身の状況で、響いてくれる言葉も違う。だから、そんな生活の中で、支えてくれるこの本たちに無性に出逢いたくなる。

言の葉

コンビニの前で飲んでいたら、ふいに、死んでしまえばいいのだという、ものすごくたしかな意志が湧いてきて、そのときに、まだうっすら霧のかかった町と白っぽい空に溢れてきた黄金色の朝日が途方もなく美しかったのを覚えている。

206頁12行目より

「うん。専攻している生物も好きだけど、本を読むのは楽しいよ。なんて表現すればいいのか分からない、曖昧なことをびしっと言い当ててくれる本に出会ったときは感激する

230頁4行目より

「もしかしたら、こうやって実感のないまま年を取って、いつの間にか老人いなっていたりするのかな」

272頁5行目より

コメント

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